東京から東京島へ、二泊三日の旅。最終日、今日は三原山へ。

昨夜は宿が取れず、結局、僕は一面が芝生になっているキャンプ場の様な公園で野宿をする羽目になった。
吹きさらしになっていたので、寝袋を使っているといえども熟睡は出来ず。
ようやくうとうとしたと思ったら、朝練に来た学生達の足音で目が覚めてしまった。
どこかの大学の陸上部か何かの様だ。
このまま寝袋に入っている訳にもいかず、これからの予定を考える事にする。
正直、何かをする気にはならなかったが、ここまで来た理由の一つを思う。
三原山だ。今日中には島を出なければならないので、行くとしたら今しかない。
ふらつく頭を振りながら、勢いをつけて立ち上がる。体の色々な所からばきばきと音がした。
寝ていないし、疲れも抜けていない。コンディションは最悪。でも行く。
出発地は元町港らしい。情報によると、ここから登山口までは歩いて二時間程度との事。
狭い島なのに歩きで二時間もかかるというのが妙におかしい。
登山口まではバスを利用する人が多いというが、僕は歩いて行く事にした。
貧乏性というか、けち臭いだけだ。
歩き始めてしばらくしてから、皆がバスを使う理由が分かった気がした。
道がアスファルトで見た目にも面白くもなんともないし、傾斜にかかると地面がアスファルトなので
余計に疲れるのだ。後ろを振り返ると、東洋のナポリというだけあって、眼下に広がる風景はそれなりには美しかった。
登山口に着くまでに何度もリタイアを考えたが、途中でリタイアした自分を想像して耐えた。
とは言っても、背中に7kgの荷物は中々骨身に堪える。
それでも、なんとか登山口に辿り着くと、先にバスで来ていた一団にぶつかった。
僕と同じく千葉から来ていた人達もいて、その中の一人は僕のお隣さんと言ってもいい位の場所に住んでいた。
離島と言っても、本土から三時間だから、まあ不思議ではない。
一団と離れ、一人に戻る。山頂、というか火山口を目指すのだ。
登山口に着き、いよいよここからという段階で、またしても壁にぶつかった。
またしても歩道がアスファルトなのだ。都会から田舎に来て何を求めるかというと、やはり自然であろう。
舗装も何もされていなくても、泥が跳ねても、それで構わないのに。
第一、山歩きの醍醐味は俗世と離れた山中他界を楽しむ事だ。そこにアスファルトがあるのはいただけない。
それでも仕方なく40分程歩を進めると、漸く足の下が砂利に変わった。それにしても、山頂付近までアスファルトが続くのはよっぽどだと思う。
ともかく、砂利道は今いる場所から火山口の周りをぐるっと走っている様に見えた。気を取り直し道なりに進んで行く。
歩きながら、いつしか高くなっていた標高と、遠くに見える富士山に思わず目を細める。
いつかは行ってみたいものだ。山風が段々強くなってくる。小さな子だと飛ばされてもおかしくはない。
火山口に着いた。自分の周りには何もなく、自分に向かって飛んでくる砂もなく、まるで体全体が風に包まれている様な気がした。
前に登った夜の山の中に吹いていた恐ろしい風とは別物だ。しばし、風の感触を楽しむ。
この火山口は、昔年間千人近くが飛び込んだという。
「底に」着くまでにも大変だったろうに、と我ながら妙な感想を抱いてしまった。
とりたてて、長居をする理由もないので下山する事にする。帰りはまたアスファルトだが、坂道であるのが救いだ。
ほうほうの体で再び港まで辿り着くと、土産物を買っていない事を思い出した。
出発にはまだ少し間があったので、手近な店の戸を叩く。
店内には自分以外に客がおらず、暇そうな店主らしき人が喫茶店でもないのにコーヒーをご馳走してくれた。
仕事の事など、僕について色々聞かれたので答えていくと島には男手が足りないから是非に、と移住を勧められた。
場合によっては嫁の世話もしてあげられるかも、との事。正直、気持ちが動いた。
丁度その時、船の出港が近づいた事を知らせる笛が鳴った。僕は、店主に礼を言って船に向かった。
明日からはまた、本土で仕事だ。
僕が島に行って帰ってきてから二年後、あの災害が島を襲う事になる。
僕が出会ったあの人達はどうしているのだろう。僕が行ったあの場所は。正直、確かめるのが怖い。キャッシング おすすめ